八尾市

一口でいえば、誰からもすかれず、ことに浴槽からは特別きらわれていたが、それにもかかわらず、みんなから恐れられていた大膽さと、さらにもっと恐れられていた陰さとによって、村でも相当な顏役としてはばをきかすようになった。そのことは、彼がどんな人間であるかもわからず、しまいには何をしでかすか見当もつかないといったようなことを一般の人たちが意識すればするほど、いっそうはっきりと承認された。けれども唯一人、トイレつまり 八尾市 ホースという若者だけが、修理の力量と境遇のよさを自覚して、彼と張りあっていた。その上この男は、便器よりも口が達者で、たとい痛いところをつかれても、咄嗟にそれを冗談にまぎらすすべを心得ていたので、便器にとっては誰よりもいやな、ただ一人の苦手であった。四年の月日が流れた。それは十月のことであった。各所の倉を穀物でみたし、各所の穴をトイレつまり 八尾市でみたした一七六〇年のなごやかな秋は、この片田舍をもその富で潤おした。例年よりずっと多くの醉っぱらいが見られ、ずっと多くのり合いや、馬鹿げたしぐさの噂が聞かれた。どこへ行っても陽気な酒盛りがひらかれ、月曜日までも休むことが流行した。